飛鳥Ⅱの二泊三日（上）

さてさて飛鳥Ⅱでの船旅へ。今回は文芸調でいくでありますよ。

土曜の午後5時。出航の銅鑼とともに、夕日に染まる桟橋へ色とりどりのテープが投げ込まれる。初めてクレヨンを手にした子供の奔放な落書きのような風景がゆっくりと遠ざかっていく。これから何千海里の洋行に向かうかのようなときめきを、ただここへ船を見に来ただけの見ず知らずの人々が演出してくれる不思議な時間だ。

僕もまたクルーからテープを受け取り、桟橋に向かってありったけの力を込めて全力投球してみる。情けない放物線を描いたテープは手前の海にあえなく沈み、しばらく肩が回せないほどの激痛が走る。そのあいだ僕はずっと松坂大輔にシンパシーを感じていた。

飛鳥IIは去年の暮れに続いて二度目になる。今度は二泊三日。一夜明かして港に戻るだけの忙しいスケジュールに比べたら、はるかにゆったりとしたくつろぎの時間になるだろう。

ただ、この部屋の狭さときたら。これじゃ妻とダンスを踊るスペースすらない。もちろん踊る気なんてさらさらないけれど。

合わせ鏡で作ったようなこの風景は９階の右舷の廊下だ。船の中では食事の席に向かうときでさえ何百メートルも歩くことになる。じっさい僕のアップルウォッチは毎日軽々と１万歩を数えていた。船旅は運動不足になりそうだなどと無駄な心配をする必要はまったくない。３ヶ月かけて世界一周したらきっと別人のように痩せて帰ってくることだろう。

ベイブリッジに沈む夕日はひときわきれいだと妻ははしゃぐけれど、夕日なんてどこに沈んでも実はただの夕日でしかない。

あれが何とかでこれが何とか、と指差して航路の説明をする妻は小型船舶1級の免許を持っている。仮にこの船も操縦していいと言われたら迷わず操舵室に向かって舵を奪うに違いない。もちろんそうなれば僕はいちはやく救命船で脱出を試みることになる。

その頃なぜかナゴヤドームでは我がスワローズの５位への躍進を阻む宿敵ドラゴンズの大野雄大が阪神を相手にノーヒットノーランを達成していた。今シーズンのプロ野球はすでに終了した。

Tasty Japanのような真俯瞰は天井の鏡に映った風景だ。

800名を超える客の晩餐は17：30と19：30の2回に分けてさばくことになる。14時に中華街で満腹になった身に17：30からの夕食だったら潔く辞退しただろう。

まずまず洒落たフレンチだといえる。あとは飲み物にチューハイという選択肢があれば申し分ないのだけれど。

食後はピアノバーでギムレットをいただく。けれどここの外国人従業員は「ジムレット」と発音していた。たぶんそっちが正しいのだろう。ジムレット。うん、悪くない。

居心地のいいバーだ。ピアニストがペダルを踏みすぎて音が濁りっぱなしであることを除けばの話だけれど。

月の夜。海はひと泳ぎできそうなほど静かだ。

さてこの船は今夜、どこをどうすべっていくのやら。

ともあれ、隠し持ってきた缶チューハイをいただくとしよう。

ところで一つだけ隠していたことがある。

今回の船旅は「HULA on ASUKA」。つまり船内がすべてハワイアン仕様だ。ドレスコードもハワイアン。客室を出る際はずっとアロハ着用が義務付けられている。

けれど「世界でいちばんハワイが似合わない男」を自認するどんぐり太郎のアロハ姿だけは絶対に見せたくない。なのでテーマからして伏せておいた次第だ。

※くるみママ追記

ええ？　どんぐり太郎のアロハ、意外と似合ってるけどなぁ。

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